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東京地方裁判所 平成3年(ヨ)2262号 決定 1992年1月24日

債権者

依田栄一

右代理人弁護士

塚田秀男

債務者

合資会社興亜商店

右代表者代表社員

依田克己

右代理人弁護士

山口邦明

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  申立ての趣旨

債務者は、債権者に対し、本案判決確定に至るまで別紙債権目録(略)記載金員を仮に支払え。

二  申立ての趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当裁判所の判断

一  当事者間の争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

債務者は、昭和一五年一〇月に設立された各種時計装身具、眼鏡その他身辺細貨類の製造加工販売、輸出入(主として金属装飾品の卸売)を目的とする合資会社である。債務者の平成三年六月現在の社員は、無限責任社員が債務者代表社員の依田克己(以下「社長依田」という。)及び債権者、有限責任社員が三名の合計五名であった。

社長依田は、平成三年六月六日に債務者会社内において臨時社員総会を開催した。この臨時社員総会には社員五名全員が出席したが、社長依田はその席で「依田栄一の自己研修について」と題する文書を配付して、債権者の自己研修についての決議を行い社長依田及びその他の社員二名合計三名の賛成により決議が成立した。債権者の自己研修についての決議は、経営能力の向上、実行力の向上をはかってもらい、経営戦略構想の検討をしてもらうために、債権者に対して平成三年六月一〇日から平成四年六月九日までの一年間の研修期間を与えること、研修期間は業務執行については非常勤とし、研修方法としては社外の研修制度を利用したり他社に勤務することも可能であり債権者が自由にその方法を考えることができるというものであったこと、研修期間中の月額報酬は平成三年四月分の七〇%を支給し、役員賞与は平成三年一二月分と平成四年七月分を支給しないことなどを内容とするものであった。債権者は、右決議は債権者を債務者から排除することを目的としたものであって無効であると主張して、右決議を受け入れなかった。これに対して、債務者は、平成三年六月分の報酬(債権者は、債務者から債権者に支払われる金員であると主張するが、債権者は合資会社の無限責任社員であり、合資会社と無限責任会社との関係は民法の委任の規定によるのであるから、右の金員は賃金ではなく報酬である。)として、平成三年四月分の報酬の七〇%を支払ったが、平成三年七月分の賞与の支払いを留保し、平成三年七月分以降の報酬については債権者が右の自己研修決議に従わないことを理由としてその支払いを行っていない。

二  そこで、本件申立ての被保全権利についての判断は暫くおき、保全の必要性について判断する。

疎明資料によれば、債権者には家賃として毎月二一万二〇〇〇円の収入があること、債権者は債務者に対する貸金請求訴訟を提起していたが、その事件について和解が成立し平成三年一二月一六日に三〇〇万円を、平成四年四月一五日に三〇〇万円を受けとることになっていること、債権者は妻との二人暮らしであること、相続により居住用の建物とその敷地を取得していることが一応認められ、これによれば債務者から報酬の支払いがなくとも債権者とその妻の当面の生活が困窮し危機にひんするものとは考えられず、本件申立てには保全の必要性が認められないものというべきである。疎明資料によれば、債権者は相続税の分納分として平成三年七月に約一六〇〇万円、平成四年に約一五六〇万円のほか、平成一五年七月までに総額一億九八七六万九六〇〇円を支払わなければならないことが一応認められるが、相続税を支払わなければならないのはそれに見合う遺産を相続したからであり、相続税の支払方法としては物納の方法によることも考えられるのであるから、相続税を支払わなければならないことを保全の必要性を判断するにあたって考慮することは相当ではない。

三  以上によれば、本件申立ては保全の必要性の疎明がないというべきであり、被保全権利の点について判断するまでもなく本件申立てを失当として却下することとし、申立費用につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山本剛史)

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